
–正伝-
The Trial of Seagullman
Chapter 1:秘密尋問室
AM3:30 青森県八戸市の港湾地帯某所
パーシアスエンタープライズ所有化学工場敷地内
旧化学検査室(現在は秘密尋問室として運用)
年季の入った20平方メートル程度の一室。部屋の中央にはパイプ椅子が設置され、くたびれた作業服を着た一人の男がそこに拘束されている。そして、その周辺は、自動小銃で武装し、覆面で正体を隠した黒ずくめの男たちが取り囲んでいる。
天井には蛍光灯が数本設置されており、寒色の光が陰気な壁の色に反射して、緑がかった淡い光が室内の数名男を延々と照らしている。
拘束されている作業服の男は、名を「塚田俊介」といい、つい先週まで、青森県八戸市を拠点とする巨大企業、パーシアスエンタープライズの、とある秘密プロジェクト内のチームリーダーを務める
いわば要人の一人であった。
最も、前日朝の出社途中に、この黒ずくめの武装集団にワンボックスで拉致されて以来、
要人だったのは過去の話である。
この二十時間、黒ずくめの男たちは塚田を結束バンドとワイヤーでパイプ椅子に乱暴に固定し、
執拗な尋問を続けてきた。尋問者は入れ代わり立ち代わり、
あの手この手で塚田からある情報を引き出そうとしている。
尋問によるストレスと、元々化学系の検査室であったらしいこの部屋で、
検査に使われていたのであろう薬品の独特な匂いもあって、塚田の体調と精神状態は最悪の一言である。
塚田の意識はここで遂に途切れそうになった。
―バシャン―
すると、意識が朦朧とし始めた塚田の顔に大量の水がかけられた。
気がついた塚田が周りを見回すと、目の前には男たちの一人が、
碌に手入れもされていないカビの生えた薄汚れたバケツを自分に向けた様子が見てとれた。
バケツを持った男はそのまま引き下がった。
そして、入れ替わるように集団の中で一番軽装備の男が塚田の前に出て言った。
「考える時間をやる。戻って来た時、内丸派についてアンタが知ってる限りの情報を貰えるなら、
私らとしては嬉しい。アンタも楽になれることだしな。」
そして軽装の男は、他の男たちに指令を飛ばした。
「ナンバー1、2、3、は私と一緒に来い。6、7、は交代の4、5が到着し次第、とっとと次の仕事に移れ。」
『了解‼』
そして、軽装の男は、1、2、3と呼ばれた男たちを引き連れて尋問室を去った。
残る2名も、しばらく後に到着した4、5と呼ばれる男と入れ替わりで部屋を去った。
尋問室には、塚田・4・5の3名が残された形である。
4・5の両名とも、他の男たち同様、自動小銃を構え直立不動で塚田を見張っている。
塚田にとっては全くもって気分のいい状況ではない。そして、そのまま暫くの時間が経過した。
「災難でしたね。塚田さん。」
4・5のうち片方の男が、突如塚田に話しかけてきた。
残る1人と塚田は、予想外の状況に、口を開いたこの長身の男をじっと見る。
「さぞ密告者を恨まれたことでは?」
長身の男は2人の反応を意に介さず続ける。
塚田は、脅威であるはずのこの男の話しぶりに、謎の安心感を覚えた。
「…仕方ない。チームのメンバーは皆、僕と違って家族もいた。責められんさ。」
塚田も長身の男にそう返した。
残る一人の男は、塚田と会話を始めた長身の男を睨むようにアイコンタクトを飛ばした。
しかし、長身の男は全くそれを気にしてはいない。
「諦めた方がいいんじゃないですか?多分助けは来ませんよ。」
「そうだろうけどな…。只―」
尚も塚田と会話を続けようとする長身の男に、残った一人は遂に詰め寄った。
「おい、ナンバー4!勝手な行動をとるな‼新人が主任の指示に無いことを―」
と消去法でナンバー5らしい男が、ナンバー4と呼ばれた長身の男の胸倉をつかんだ。
尋問室内に湿った肉を叩くような鈍い音が数度響いた
そして、その音が止んだ時に、ナンバー4はナンバー5を拘束し、首を絞めていた。
ナンバー5は白目をむき、ジタバタともがいている。突然の光景を、塚田は目を白黒させながら見守った。
そして、20秒もすると、ナンバー5の身体は地面に崩れ落ちた。
「君は一体―」
塚田はナンバー4に尋ねる。すると、ナンバー4と呼ばれていた長身の男は落ち着いた様子で答えた。
「一応、俗に言う内丸派の関係者です。」
内丸派とは、パーシアスエンタープライズの対抗勢力であり、
塚田が情報を売ったと目されている勢力である。
「助けに来てくれたのか?」
塚田は希望を以って内丸派の男に尋ねる。
それに対し、内丸派の男は変わらず落ち着いた様子で口を開く。
「助かるかどうかはあなた次第です。パーシアスエンタープライズ、
『メタルベム計画』プロジェクトリーダー 塚田俊介さん。」
内丸派の男は、覆面越しに、塚田の目をしっかりと見据えてそう言った。