
–正伝-
The Trial of Seagullman
Chapter 3:楽園のおわる時
塚田俊介という男の出自と経歴はさほど珍しいものではなかった。電子工作好きが高じて国立の工学部を卒業し、パーシアスエンタープライズに技術開発職として就職。数度の異動の後、独自の新規格による機械部品の無線制御技術の開発が評価され、パーシアスエンタープライズの兵器開発事業部に転属。秘密プロジェクト内における無線制御技術の開発チームのリーダーに就任した。
プロジェクト名『メタルベム計画』。
機密保持の関係ということで、塚田を始めプロジェクトの全容を把握している者はそう多くは無かった。最も、高い給料を貰いつつ、無制限の予算で日夜『電子工作』に没頭できる。楽園ともいうべき環境を享受していた塚田にとっては、プロジェクトの全容などどうでも良いことであった。
しかし、数ヶ月前のことである。プロジェクトに関わるチームの大部分が招集され、計画内で製造されていた試作兵器の運用結果の情報共有を目的とした大規模なミーティングが行われることとなった。その日、塚田は自身のチームのメンバーと共に、大会議室のスクリーンで自分たちの成果を鑑賞した。
映し出されたのは紛争中の某国における戦場である。スクリーンの中の兵士が、塚田のチームが開発していたコントローラーを操作している様子であった。塚田のチームの全員が、自分たちの成果物を見て、静かに沸いている様子であった。勿論、塚田も誇らしい気持ちでスクリーンを眺めていた。
そして、兵士の後ろから六本の脚が生えた、戦車のような物体が飛び出し、戦場に突撃して行った。別のチームから歓声が上がった。恐らく歩行制御を担当していたチームであろう。 そして、六本脚の戦車のようなものは、戦場を這いずり周り、敵の兵士を踏みつぶし、搭載された機銃で射殺していった。
再びスクリーンはコントローラーを操作する兵士に切り替わった。コントローラーに内蔵された液晶画面に、敵兵が倒れる様子が映り込んでいる。操作している兵士は半ば興奮状態で笑みを浮かべていた。
塚田のチームの面々は、自分たちの開発した技術が想定通り機能している様子を確認し、今度は声を上げて喜んだ。塚田の隣に座っていた同僚は、満面の笑みで塚田に握手を求めた。塚田もそれに応じた。だが―
この時塚田は、自分の内に、言葉に出来ない重い感覚を覚えていた。
ミーティングが終わるころ、大会議室に集まったプロジェクトに関わる全チームは熱狂状態にあった。そして最後に、会社のトップであるパーシアスエンタープライズ会長・東間吾郎が現れて手放しの賛辞を述べ、その日のミーティングは大成功に終わった。そして塚田は、釈然としない気持ちで、興奮に沸くチームメンバーを眺めながら帰り支度をした。
次の日から、塚田は仕事が手につかなくなった。勿論、最低限の事務仕事はこなしていたものの、以前のように積極的な行動をとることができなくなった。
塚田の職務意識の低下がチーム全体の成績に影響するまで、さほど時間はかからなかった。徐々にチーム内の統制は崩れ、メンバー同士のもめ事も増えた。やがて、1ヶ月が過ぎる頃には、チームメンバーは塚田を通すことなく、皆それぞれ独自に動いては衝突を繰り返す有様であった。
この頃の塚田はというと、毎朝出社しては1時間内に業務日報を作成し、メンバーの不満を受け流しては稟議書に目を通し、最低限の書類に押印する毎日であった。
ある時から、塚田のチームは、警備部と呼ばれるパーシアスエンタープライズ内の部署にしばしば呼び出されるようになった。メンバーそれぞれが個別に呼び出されては面談を受けることとなった。
チームリーダーである塚田は事務的な面談のみであったが、尋問まがいの面談を受けたメンバーもいたらしい。あるメンバーが聞いたところによると、秘密プロジェクトの情報が外部に漏れているとの事であった。
情報漏洩の可能性が浮かび上がってから、チームメンバーの塚田に対する視線が徐々に冷たいものになっていった。勿論、塚田はモチベーションは下がってはいても情報漏洩に走る理由などなかった。
しかし、塚田以外のメンバーが警備部から強い面談を受けるようになり、唯一それを免れている塚田に対するフラストレーションが溜まっていったことも無関係ではない。
ある日、塚田が出社すると、チームメンバーの一人であった田仲が警備部の『面談』に耐えかねてか、他のメンバーと揉み合いの喧嘩になっていた。
塚田は慌てて田仲を揉み合っていたメンバーから引き離したが、田仲はその非難の矛先を、今度は塚田に対して向けた。それは、とても聞くに堪えない非難の言葉であった。やがて、他のメンバーも田仲に同調し口々に塚田を罵った。