
–正伝-
The Trial of Seagullman
Chapter 5:逃げる理由
「…ださん…塚田さん…。」
そう呼びかけられ塚田は我に返った。塚田の目の前には内丸派の男が少しだけ困った様子で塚田の肩に手を置いている。どうやらしばらく呆然としていたらしい。
「すみません、見張りの交代の時間が来そうです。」
内丸派の男は塚田の前に跪くと、耳打ちをするようにそう言った。
その情報に一瞬要領を得なかった塚田であるが、部屋の外からかすかに足音が聞こえたことでその意味を理解した。内丸派の男は続ける。
「この人絞め落としちゃったので、塚田さんがどっち選ぶか決めて貰わないと、どのみち大騒ぎになります。」
「…どうしようか。」
塚田は困った調子で頭をポリポリとかいた。
「…もし僕が逃げるの諦めると言ったら…?」
塚田は恐る恐る内丸派の男に聞いた。
「……もし諦められるなら、とりあえず本当のナンバー4だった人を今放り込んでるロッカーから連れ出してきて、その人にナンバー5絞め落としの件を擦り付けます。塚田さんには迷惑は掛からないかと。」
内丸派の男は落ち着いた様子でそう答えた。
「それじゃあ、僕が逃げたいと言ったら?」
塚田は続けて聞いた。
「…もし逃げたいとおっしゃるなら、最後までお供します。」
内丸派の男は真っ直ぐに塚田の目を見つめてそう言った。
「………。」
塚田は内丸派の男の目を見返すことができなかった。
「…お悩みのようですね。」
内丸派の男は、ゆっくりと立ち上がると、変わらず落ち着いた様子でそう言った。
「…おかしいよな。普通なら逃げる一択になるだろうに。」
塚田は黙って頷くとそう呟いた。
「そうですねぇ…。今の塚田さんには、生きる理由ありますか?」
内丸派の男は、まるで世間話でもするような調子でそう言った。
「生きる理由か…。」
「ええ。何かやりたいことがあるだとか、欲しいものがあるとか。」
「………無いな。」
塚田は力なく答えた。
「…それじゃあ、このまま死んでいくのも別に悪くないのでは?」
内丸派の男は、あっけらかんと言ってのけた。
塚田はその言葉を聞いて、ほんの少し嫌な気分になった。最も、何故かは分かっていない。
「……嫌だ。」
そのうち、塚田の声にそう漏れた。
「なんでです?」
「分からないが。」
「特に生きる理由もないなら、むしろここで死んだほうが楽かもしれませんよ?」
内丸派の男は、まるで誘惑するように塚田に言った。
しかし、塚田にとってその調子は何故か癪に触った。そして塚田は椅子から立ち上がり、言った。
「嫌だ!…何故かわからないけれども…。」
すると、内丸派の男は少し安心したようにクスリと笑った。
「それじゃあどうします?…あと1分以内に決めていただければ。」
内丸派の男は腕時計を見ながらそう言った。
「逃げる!」
塚田は即答した。
「承知しました。」
内丸派の男は、そういうと、ポケットの中から極小の機械部品のようなものを取り出し、塚田に差し出した。
「一応これ渡しときます。」
「…これは?」
「超小型のイヤホンです。場合によっては使うこともあるかもしれないので、耳の中に入れておいてください。」
内丸派の男は、そう言いながら出口の方向に塚田の背を押した。