TTosChapter 9:宣告

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The Trial of Seagullman

Chapter 9:宣告

 それからまもなくして、シーガルマンと塚田は、想定していた脱出経路となる地下水路へのハッチに到着した。
いよいよ脱出目前である。塚田は身体から一気に力が抜けていくのを感じた。

 「お疲れ様です。あと一息ですね。」

シーガルマンも塚田に労い気味の言葉をかける。

 そして、塚田がハッチに埋め込まれた金属製の梯子を掴み、足を掛けたその時であった。

 『―塚田俊介、聞こえるな?私は警備部監察班の主任だ。』

周辺一帯に、形容しがたい圧力を感じる声が響いた。塚田の身体が一瞬で強張る。その声は、どうやら施設内のスピーカーから一斉に放送されているようであった。

 『どこの鼠の仕業かは知らんが、よく逃げ出せたもんだ。…後悔することになるぞ。』

塚田の身体は依然硬直したままである。さらに、手足が小刻みに震え出した。

「…塚田さん、大丈夫です。向こうはこちらの位置までは把握できていません。このまま逃げられます。」

 シーガルマンは塚田の状態を察知してか、後ろから塚田の背中をさすりつつ、穏やかに声をかける。

 塚田は一瞬シーガルマンの方を振り向く。シーガルマンは塚田を見ながら、静かにゆっくりと頷いた。

 この間にもスピーカーから監察班主任、つまりあの軽装の男の放送は続いた。

 そして、塚田は梯子の方に向き直ると、勇気を振り絞り、また一歩梯子を下った。しかし、塚田がもう一段下ろうとしたその時であった。

 『―塚田さん。どこにいるんですか。』

 スピーカーから聞こえて来たこの声は、先ほどまでの主任の声とは打って変わって、どこか震え混じりで恐怖を押し殺したような弱弱しい声であった。

 そして、塚田にとってはこれまで日常的に聞いていた声でもあった。

 塚田は再び梯子の途中で立ち止まった。

「…どうしました?」

 シーガルマンが塚田の異変を察知してか声を掛ける。

「……田仲?」

 塚田は声の主が同僚であった田仲和夫であると気づいた。

『塚田さん。…一体何してるんですか。…助けて下さいよ。』

 田仲がそう言った後、再び声の主は変わった。

『塚田さん!田仲さんは分かるな?今私らは敷地中央にある管理棟前の広場でアンタを待ってるところだ!』

「塚田さん、もしやお知り合いですか?」

「ああ、…同僚だ。」

主任の放送は続く。

『このまま逃げるかどうかはアンタの自由だ。だが塚田さん。アンタが逃げるって言うなら、私はこの田仲さんを殺す。』

「⁉」

塚田に動揺が走る。

『…嫌だ…。…死にたくなんてない…。』

スピーカーから放送される田仲の弱弱しい声が、塚田の耳に刺さる。

『5分くれてやる。それまでにこちらに戻ってこい。そうすれば命は保証する。』

再び主任の声。背後で田仲のすすり泣きのような声が聞こえる。

『…頼みます塚田さん。…帰ってきてください。…死にたくありません…。』

田仲がそう言い残すと、またスピーカーから主任の声が聞こえた。

『それじゃあ、私らと田仲さんはアンタを待ってる。よく考えるんだな。』

その後、ブツッという音声を残して放送は終了した。塚田の額には汗がにじみ出していた。

一方のシーガルマンは、少し俯いて何かを考えているようである。そして、少しの間の後、シーガルマンが先に口を開いた。

「逃げましょう。塚田さん。」

この時のシーガルマンの声は、塚田の心に重くのしかかるようであった。

「…逃げるって、このまま?」

「人質は連中のセオリーです。付け加えると、ここで塚田さんが出て言ったところで向こうが約束を守る保証もない。」

「でも、同僚を…田仲を見捨てるなんて…。」

「それじゃあ、どうしたいです?」

「それは…その…。」

困り果てた塚田は、口をつぐんだ。

シーガルマンは塚田の様子を見ると、少しだけ考えた後、次のように言った。

「…あの田仲さんとやらは自分が救出します。塚田さんは先に逃げててください。」

「…でも…。」

塚田はそれより先の言葉が出てこなかった。実のところ、シーガルマンの申し出にどこかほっとしていた。

「…塚田さん。これだけは約束してください。絶対に戻ってこないと。」

「…分かった。約束する。」

「ありがとうございます。必ず合流します。」

シーガルマンはそう言うと、塚田を地下水路のハッチに残したまま、ここまでの道を引き返していった。

 あれからしばらくの時間が経った。塚田はまだ梯子を降りられないでいた。足を動かそうにも、なぜか動こうとしない。そして、この状況による焦燥感を逃がすように、ため息をついてばかりであった。

 その折である。塚田の耳にシーガルマンの声が聞こえた。

 『お待たせしました。周辺の監察班は無力化して田仲さんを解放しましたので、塚田さんは安心してそのままお逃げになってください。』

 その声は、シーガルマンから渡された小型イヤホンに届いたものであった。

そして、塚田はとどまっていた場所から動いた。

 シーガルマンの要請とは逆に、田仲を迎えに行くかのように、地下水路のハッチから飛び出し、田仲が捕らえられていたとされるエリアの方を目指して、消耗から思うままにならない足取りのまま走り出した。