
–正伝-
The Trial of Seagullman
Chapter 14:孤立無援
塚田は逃げていた。
『塚田さん。すぐに全力で逃げてください‼田仲さんは裏切りました!』
この時、塚田は田仲を追いかけて主任とシーガルマンがいる広場の50m手前まで差し掛かっていた。しかし、その通信を最後にシーガルマンとの連絡は途絶。塚田はシーガルマンの只ならぬ気迫に促されるまま地下水路の方角に再び駆け出した。しかし、地下水路まであと少しの地点で、覆面の男たちの影を目撃。いまは別の建物の陰に潜伏している。
塚田が物陰からこっそり伺っている限りでは少なくとも覆面の男は三名。これまでシーガルマンが把握していた監察班の総員、及び無力化した人数と照らし合わせると、増援でもない限りその三名で打ち止めの筈ではある。
しかし、その三名は塚田を探し回ってか、この一帯をずっと徘徊している。塚田が地下水路に向かうには余りに危険な状況であった。
『…塚田さん、聞こえますか?』
シーガルマンからの暗号通信が届いた。
「シーガルマン。無事かい?」
塚田は周辺を徘徊する監察班に聞かれないよう、必死に声を潜めながら応答した。
『生きてはいます。それよりも塚田さん。これから何を聞いても決して動じないでください。』
シーガルマンは静かな声でそう言った。
「待ってくれ。それは一体―」
しかし塚田の応答は別の音声に遮られた。塚田の背後にあったスピーカーが作動したのである。スピーカーからはあの主任の声が聞こえてくる。
『塚田さーん。諦めて出てきてくださーい。アンタのお仲間らしい白い戦闘装甲の野郎は私が仕留めましたから。もうアンタ一人なんですよー。』
主任の声は非常に浮ついており、どこか勝ち誇ったような余裕すら感じられる。
「シーガルマン、本当に無事なのかい?」
塚田は思わずシーガルマンの安否を再度確認した。
『ええ。ケガを少々と、今連中にとっ捕まってはいますが。あっご安心ください。戦闘装甲から声が漏れないように細工してますから、この通信が連中にバレることはまずありません。』
シーガルマンは、その状況に反して非常に落ち着いた様子で答えた。その直後、再びスピーカーから主任の声が響いた。
『塚田さーん。もう安心していいですよー。売られてた機密情報についてなんですけど、そのほとんどはさっき亡くなった田仲さんの犯行でしたからー。』
塚田の心中にいくつもの衝撃が走った。
「田仲は…死んだの?」
田仲は思わずシーガルマンに無線を飛ばした。
『…申し訳ありません。』
シーガルマンは、ただ一言そう呟いた。スピーカーからは主任の声が流れ続ける。
『アンタが情報漏らしたのは只の一度だけ。田仲さんに比べりゃ事故みたいなもんじゃないですかー。』
塚田はここまで聞いていて、今ようやく機密情報の流出元が田仲であると理解した。塚田の胸には、ひたすらにやるせない感情が湧き上がってきた。塚田の目元からは涙が零れた。スピーカーから主任の声が続く。
『なんならアンタ、一応会長のお気に入りだから!これから計画のために全力で働くっていうなら、私がアンタを取り直すから!さっさと出てきてくださいよぉ!』
主任の誘いに、塚田の心が一瞬揺らいだ。
『…塚田さん。』
シーガルマンからの無線。ただ一言であった。
「シーガルマン。内丸派からの応援は期待できるの?」
塚田は感情を抑えるように声を絞り出してシーガルマンに聞いた。
『すみません、塚田さん。』
「て、言うことは…。」
塚田の声はみるみる落ち込んでいく。
『内丸派首脳部では、情報を売り飛ばしていた田仲さんについては、その人間性から保護の必要なしとの結論が出ています。そして塚田さんの漏らされた情報は、田仲さんの情報とほぼ被っていました。』
シーガルマンは淡々と情報を塚田に開示する。
『そして、内丸派首脳部の非常にいい加減な決裁なのですが…。塚田さんの身柄についても、パーシアスエンタープライズと抗争に発展するリスクを冒してまで保護するメリットは無しと。』 瞬間、塚田の中で、辛うじて残っていた何かがプツリと切れた。塚田の身体は一切の緊張を失い、そのまま傍にあった建物の外壁に静かにもたれかかった。