天城慎作000

シーガルマンロゴ
第一夜

 

令和XX年某日深夜。
時計は0:00を示している。

夜も更け、数時間前は時折響いていた車の音もしなくなってきた。

 天城慎作はレポート作成を終えると使い古されたノートPCを閉じた。

 21世紀も半ば、携帯端末主流の時勢において、キーボード操作に固執する様子は中々に古風といえるスタンスであるが、物理キーを指で押すことによる操作の速度と確実性は、タッチパネルや空間ヴィジョン操作とはやはり一線を画すものであり、不確定要素を嫌う慎作にとっては到底放棄できるものではない。もし物理的制約が無ければ戦闘装甲のUI操作すら物理キーを導入したいと思っているほどである。

さて、慎作は椅子の上で軽く背伸びをすると席を立ち、書斎を後にした。

慎作は自宅のダイニングに向かうと冷蔵庫を覗いた。中にあるものはキャベツ、パックの冷ややっこ、漬物、卵、牛乳、食パン、スライスチーズ、各種調味料、ソーセージと言ったところである。

「…飯食って寝よ。」

 慎作はひとりそう呟くと、冷蔵庫から6枚切りの食パンとチーズ、ケチャップにソーセージの袋を取り出し冷凍庫からは細切れの冷凍玉ねぎを取り出した。

 手始めに耐熱容器に冷凍たまねぎを投入して電子レンジにいれ、500Wで1分と入力、加熱を開始した。

 シーガルマンこと天城慎作はそのライフスタイル上、深夜まで仕事をしていることはザラである。しかしながら、30手前に差し掛かる今や、学生時代のように夜通しの作業も効かなくなって久しく。

 故に慎作は、翌日への悪影響を避けるため、緊急時でもない限りは意地でも午前1時には睡眠に入ることを自らに義務づけている。出先でなければ0時には仕事を終え、シャワーを浴び、軽い夜食を取って睡眠をとる毎日であった。

 玉ねぎを電子レンジに入れた慎作は、シャワーを浴びた後ダイニングに戻った。

加熱の1分はとうに過ぎ去り、電子レンジのアラームが数分おきに鳴っている。

風呂上りの慎作は電子レンジから細切れの玉ねぎを取り出した。ダイニングにはほのかな玉ねぎの香りが広がった。

慎作は冷蔵庫から牛乳を取り出しコップに注ぎ一気飲みをすると、そのまま玉ねぎを持って夜食の調理を開始した。

最初に食パン1枚をオーブンに放り込みダイヤルを回す。

まな板の上にはソーセージを二本のせ、包丁で細かく輪切りにしていく。

慎作がソーセージの処理をしていると、オーブンからトーストの香りが漂ってくる。

慎作はソーセージを切り終えると、オーブンからトーストを取り出した。

次に食器棚からスプーンを取り出し、次いでトーストにケチャップをのせると、スプーンでトースト前面にケチャップを塗り広げた。

そして、先刻輪切りにしたソーセージと、解凍した玉ねぎをケチャップトーストの上に散りばめる。

トーストの上を具が埋め尽くした後、慎作はトーストを一旦おいてダイニングテーブルに向かった。テーブルの上には酒瓶に活けられたバジルがある。

「悪いなクロロフィル。」

慎作はシーガルマンとしてたまに交戦する、植物を愛してやまない葉緑人間に対する軽く謝意を述べると、バジルの葉を二枚むしり取りトーストのもとに戻る。

そしてバジルの葉を細かくむしってトーストの上にさらに散りばめる

次に、スライスチーズを袋から取り出し、ラベルをはがすと、チーズを細かくむしりながら具をのせたトーストの上にまんべんなく散りばめる。これにて下準備は完了した。

そして慎作はトーストをオーブンに放り込むとダイヤルを低出力に設定し、オーブンでの加熱を開始した。

焼き上がりを待つ間、慎作は手を洗うと電気ケトルのスイッチを入れ湯を沸かし、マグカップにカモミールティーを淹れて、ダイニングの椅子に腰かけた。

慎作はカモミールティーを一口啜った。

一日の絞めには丁度いい爽やかな香りが広がる。この時間帯にカフェインは基本厳禁である。

そして、オーブンの様子を見ながら慎作は携帯端末を起動し、明日のTodoリストを確認する。

主に内丸派の人間の護衛と、お偉方の後始末がメインとなっているが、タスク自体は少な目といえる。なお、現状において携帯端末に緊急連絡が入っていないのは幸いである。

そうしているうちに、オーブンから再び香ばしい香りが漂い始めた。間もなくオーブンのベルが鳴ると、慎作は中から夜食を取り出す。

今晩の夜食はピザトーストである。

頬張るとチーズと玉ねぎとバジルの絶妙な香りが口の中に広がる。

そして、あらびきソーセージのジューシーさも相まって深夜に空いた小腹を満たすには丁度いい分量である。

1分もかけずにピザトーストを完食し、カモミールティーを流し込んだ慎作は、食器を片付けダイニングを消灯すると、寝室に入った。

手首に携帯端末に緊急連絡があった際に作動する電極入りの腕輪を付ける。これでもし熟睡していたとしても、緊急の際においては電気ショックが流れるため、寝過ごす心配はない。 そして、電気ショックではないアラームをセットすると慎作はそのまま床についた。

第二夜

 

令和XX年某日深夜。
時計は0:00を示している。

人気のないアパートの一室に丸一日ぶりに明かりが灯った。

護衛任務とそれに伴う戦闘を終え帰宅したシーガルマンこと天城慎作は、コートをクローゼットにしまうと、電気ケトルのスイッチを入れて沸かし、シャワーを浴びに入った。

その日の慎作の任務は久々に激戦であったといえる。

護衛対象は内丸派の要人である経営者一名。過去のパワーハラスメントを恨んだ元社員により個人情報が豊洲閥に流出、そこから内丸派の切り崩しを図った豊豊洲閥の私兵集団(ヌルズ)用心棒3名(鮫氷緑)との

交戦に発展し、ようやくその場を切り抜けて要人の安全確保を完了した。

もっとも、要人本人は全く悪びれることもなく終始威張り散らしてばかりだったため、この日の慎作のため息の回数は今年最多を記録した。

(あのような御仁はヌルズあたりに消されていた方が世のためだろう。閣下と太公望さんのたっての頼みでなければ護衛などするものか。むしろ肥え太り脂ぎったあのどてっ腹にバイタルショックを―)

慎作は内心ブツブツと脳内でたまった不満を逃がしながらシャワーを浴び終え、髪を乾かすとダイニングに向かい冷蔵庫を開けた。

冷蔵庫正面には、慎作自作のプリンが冷えていた。

慎作はプリンの入った瓶を取り出すとダイニングの椅子に腰かけてプリンの蓋を開けた。

スプーンでプリンを掬って口に放り込む。口の中にはカスタードの甘さとバニラエッセンスの香りが広がる。

 慎作が関わりを持つ内丸派がシーガルマンをいくらヒーローとして持て囃そうが、その交流の実態としては火消しの手伝いや護衛がメインであり、華やかさとは程遠い地味な暴力沙汰まみれの日常である。

 しかし、内丸派の根回しが情報技術の発達しきった令和XX年において、シーガルマンがその正体を特定されない一因である以上、内丸派との交流は慎作にとって生命線であった。

元来短気な慎作は、腐敗した人間の多い内丸派の要人に対して絶対に毒を吐く事のないよう、嫌なことがあった日には、こうして一人誰にも聞かれない場所で毒を吐き、甘いものを食べることでストレスを逃がしているのであった。

慎作が気づいた時、既にプリンは3瓶空いていた。

慎作は改めて冷蔵庫を覗く。既にプリンの在庫は尽きていた。

慎作はすこしがっかりした表情を浮かべると、冷蔵庫から卵と牛乳を取り出し、予備の瓶3つと金属ボウル食器棚から持ち出した。

牛乳は適量を容器に入れて電子レンジで人肌程度に温める。

ボウルに卵を割って投入し、カラザを取り除いて泡立てないように気を付けながら卵を溶く。牛乳が温まった後に少しのグラニュー糖を投入してよく混ぜ、さらに卵と混ぜ合わせる。すると、プリン液の完成である。

次に、慎作は茶漉しを手に取ると、これからプリンを入れる瓶の上に配置してプリン液を瓶に注ぐ。茶漉しを配置するのは余分な白身を取り除くためである。

全ての瓶に一通りプリン液を注ぎ終えると、僅かにプリン液が残った。

慎作はほんの少し考えると、食器棚からマグカップを取り出し、瓶と同じ要領で茶漉しを経由してプリン液を注いだ。

次に、プリン液を注いだ瓶3つとマグカップ1つに、バニラエッセンスを一滴ずつ垂らし、それぞれかき混ぜる。これで随分とプリンらしい香りになる。

次に、慎作はタッパーを取り出して電気ケトルから数センチ湯を注いだ。

そして、湯を張ったタッパーの中央に、ラップで蓋をしたプリンの瓶を置くと、丁度外側の湯と瓶の中のプリン液の高さが一致した。

慎作はタッパー入りの瓶を電子レンジに入れると、低出力モードで数分間の過熱を開始した。(この時、高出力で一気に過熱すると沸騰してスが立つためより美味しく食べたい場合は要注意である。)

さて、プリンの過熱を待つ間、慎作はダイニングの椅子に腰かけて携帯端末を開き、翌日のTodoリストをチェックする。

(…明日はデスクワークだけだな。午前中は惰眠を貪ろうか。)

内心そんなことを考えていると、一通のメールの通知が端末に表示された。

慎作がそのメールを開くと、中身はセキュリティソフトの広告メールであった。

慎作はそのメールの内容をコピーすると、専用のアプリケーションを立ち上げて貼り付けた。

これは内丸派からの連絡に用いられる暗号メールであり、慎作の元へはいつも無関係の企業の広告メールを偽装して送られてきている。

数秒後、メッセージの複合結果が端末の画面に表示される。

『イツモアリガトウ。コンドイッショニスシデモタベニイコウネ。 キタ シゲチカ。』

差出人は内丸派の中核である北市長であった。

(…やれやれ。不要不急でもないのにわざわざお礼メールとは。閣下は不用意な連絡がいかにリスクを生み出すかご存じではないのだろうか…。)

文面にすると毒全開の字面ではある。

しかしその実、しわの寄りがちな慎作の眉間は緩み、すこしだけ口角が上がっていて大変しまりのない表情であるわけだから今回の毒は説得力を持たない。

慎作がしまりのない笑みを浮かべているうちに、レンジのベルが鳴った。

プリンの出来上がりである。

瓶の方は粗熱をとり、マグカップの方はそのままスプーンですくって頬張る。

熱の冷めないうちは若干茶碗蒸しに近しい風味であるがこれはこれで乙といえる。

合計4つのプリンを平らげご満悦の慎作は粗熱のとれたプリンに蓋をして冷蔵庫にしまい、

腕輪を付けて床についた。

就寝の直前、慎作はアプリケーションでスパムメールに偽装したメッセージを市長に送信した。

『ゴチソウサマデス。ソレジャアゲツマツノニチヨウビニデモ。トクジョウヲキタイシマス;)』

第三夜

令和XX年某日深夜。
時計は0:00を示している。

 仮眠を終えたシーガルマンこと天城慎作は、布団から身体を起こしてバスルームに向かうとシャワーを浴び、次いで身支度を開始した。

この後、数週間にわたって不審な動きがみられる豊洲閥の私兵集団(ヌルズ)への偵察を行う予定である。夜明け前の要員の交替のタイミングを狙うため、午前3時には現地で張り込みを開始し、必要とあれば武力行使も想定内であるため、事前準備は必須である。

仮眠前に一式そろえた装備の最終確認を行い、身支度を整えた慎作は次にダイニングに向うと、最初に電気ケトルのスイッチを入れた。

次に慎作が戸棚から取り出したのは薄力粉の袋とベーキングパウダーの小袋に金属ボウルであり、冷蔵庫からはラードを用意した。ラードは冷蔵庫内では低温により硬化しているため室温で若干溶かす

金属ボウルに薄力粉200gとベーキングパウダー、塩を少々入れて混ぜ合わせ、ラードがほどほどの柔らかさになったところで適量を金属ボウルに投入する。

そして薄力粉、ベーキングパウダー、塩、ラードをこねる。

砂くらいの硬さと細かさになったところで、適量の水を投入してさらにこねる。

丁度パン生地のような要領である。

この時点で、キッチンのオーブンの予熱を始めておく。

生地がある程度の硬さでまとまったところで、今度は生地を折り重ねるようにしてこねる。

この工程を数度繰り返した後ボウルの中で丸めた後に若干手で押しつぶす。

ベーキングパウダーが入っているため、この時点である程度薄めに潰しておくことがコツである。

適度な薄さになったところで、ナイフを取り出し円形の生地を4等分にして、薄力粉で打ち粉を行う。

あとは予熱されたオーブンに生地を入れて焼き上げるだけである。

次に電気ケトルから沸かした湯でインスタントコーヒーを淹れる。安物故に味はそこそこであるが、カフェインが摂取できればそれでいい。

そして、戸棚からビーフジャーキーの袋を取り出し開封する。

そこでオーブンのベルが鳴った。

表面に若干こげが乗っているが、丁度いい焼き上がりである。

生地を裏返して再度オーブンで焼く。

生地の焼き上がりを待つ間、コーヒーを啜りながらその日のTodoリストを確認しメールチェックを行う。その後、これから張りこむ地点の国土地理院地形図と衛星写真で現場の地形のシミュレートも十分にしたところで、タイミングよくオーブンが鳴った。

中の生地を確認すると、表裏ともに申し分のない焼き上がりである。

早速慎作は焼きあがった生地をビーフジャーキー、コーヒーと共に食する。

焼いた生地は、表面はこんがり、中はしっとりとした触感であり、ラードの脂分と塩気によって少量ながら十分な食べ応えを実現している。

慎作が食べているこの生地は、アメリカ南部風ビスケットとされるもので、
西部劇などでガンマンやカウボーイが野営中に食べている場面が見受けられる。

ビスケットいう名前だが実態はスコーン等のそれに近い。

特に長時間にわたって、荒野を単独行動することの多い当時のテキサスレンジャー(自警組織)などは好んで食べたとされており、粉を混ぜ合わせた状態で持ち歩き、必要になった時に水を入れてこね、ダッチオーブンで焼き上げる方式が主流だったようである。

ラードを含んだ生地はコーヒーに浸すことで即席のスープにもなり、200g生地の半分も食べれば腹持ちよく、全て食べれば半日の行動も可能になるという優れた携帯食であるといえる。

-ONE RIOT, ONE RANGER.-

(一つの暴動、一人のレンジャー)

これは少数精鋭故、テキサスの荒野にあって1人1人が広大なエリアをカバーしなければならなかった初期テキサスレンジャーに端を発するスローガンであり、実際に単独で暴動を鎮めたとされる逸話も数多い。(もっとも、その歴史が常に正義であったとは、慎作自身も考えてはいない。)

 ワンオペで治安維持にあたることの多い慎作からすると、西部開拓時代のテキサスレンジャーの記録は、荒野と現代都市という差分はあれ、特に慎作の想定していたケースに近しいものであり、今でもその記録を読み込むことは多い。(もっとも、華々しい英雄譚として語られることの多さに反して、当人たちの記録は驚くほど簡素であることが多い。『薄給で苦労していた』、『借金して馬や銃弾を揃えた』、『暴動の首魁と夜通し対話を続けてなだめた』といった真偽不明ながら地味な逸話も多く見られ、彼らが派手な銃撃戦以上に、地道な人間力で広大なテキサスの荒野の治安を維持したのは想像に難くない)

 そして、南部式ビスケットとブラックコーヒーは鉄火場に踏み込むにあたっての事前の補給とマインドセットを兼ねたものでもあった。

ビスケットとコーヒーとジャーキーを完食した慎作は部屋の消灯と施錠を終えると今夜も一人鉄火場へと向かった。