AA8:C1

アマギシンサク At Age 8

Chapter 1


 令和WX年7月某日、日曜日午前。

 その日、青森県八戸市は外気温32度を記録した。
真夏日である。

――もっとも、この時代、6月から9月までの間に32度を超える日など珍しくもない。
身体が耐えきれるかは別として、市民諸兄は年々高まる気温に慣れきっていた。

 八戸市湾岸地区における再開発区域のとある一画も、勿論この日の暑さの例外ではなく、
休日の工事現場に放置された重機や積まれた土嚢、その現場に派遣されている警備員数名にも容赦なく、紫外線と熱気が襲い掛かっている。

 アスファルトからの照り返しは、容赦なく警備員の肌を焼いた。
世間の休日とは無縁のこの労働に、ただでさえ嫌気が差している彼らの士気を、さらに下げていく。

 しかし、その熱気ですら現場の門の左右に配備された2人ずつの警備員の、
悩みの種の主要因とは言えなかった。

『―地球を壊すな‼人類の敵め‼』
『―パ―シアスエンタ―プライズは、直ちに無謀な開発工事を中止せよ!』
『―八戸港に生きる生き物たちの命を守れ!』

 警備員たちの悩みの種の中核をなす現象は、暑い八戸港湾地区の外気温にも負けない、異様な熱気を帯びていた。
 その熱気は、地球環境保護を掲げるその団体「地球救護同盟リリ―フブル―」のデモ隊から発せられているのだった。
 彼らは、ただでさえ暑い中プラカ―ドとメガホンを片手に、朝から抗議の声を上げ続けている。

 プラカ―ドには「地球に土下座せよ」や「開発=殺戮」の文字が踊っていた。
メガホンからは、もはや何を言っているか判別できないほどの罵声が飛び交っている。

「…この人ら、暇なんですか?折角の日曜日に。」

門の右側に配備された警備員の2名の内、若い一人が思わず小さく愚痴をこぼす。

「平日に暇がないから日曜日に来てるんだろうなぁ。」

ベテランの警備員が若い警備員に返す。

「完全週休二日制って聞いてたのに、なんで折角の日曜日にこんな人らの相手しなきゃいけないんですかね。」

若い警備員は、うんざりした様子である。

「仕方ないさ。この人らに、誰もいない工事現場の前で、熱中症で倒れたられでもしたら、会社が訴えられかねない。」

ベテランの警備員は、力なく笑いながらそう言った。

「いいじゃないですか。好きで熱中症になりに来てるような人たちなんですから。」

 そう言うと、若い警備員は小さくため息をついた。

そして、足元においてある、熱中症予防のために会社から支給されたク―ラ―ボックスの中から
清涼飲料水のペットボトルを一本取り出し、一口飲んだ。

「…来週、子どもの誕生日なんですよ。日曜日には遊びに連れてくって約束したのに…。」

若い警備員は少し元気なさそうにそう言った。

「人手が足りないのに、日曜日には決まってこのお客さんだからなぁ。」

ベテランの警備員はなだめるように言った。

「君のところの坊や、来週でいくつだい?」
「8歳です。」
「小学二年生か。…丁度そこのお客さんの中にいる子と同じくらいかね。」

ベテランの警備員にそう言われ、若い警備員はふと目の前の群衆に目をやった。
確かに、群衆の中にひとりだけ、茶色の帽子をかぶって俯きながらプラカ―ドを担いでいる子どもがいる。

「こんな暑い中かわいそうに…。」

若い警備員は思わずそうもらした。

「きっと傍にいるのが親だろう。」
「見てくださいよ、あの子…あんなに汗かいて。ばてちゃってますよ。」
「親の方は気づいてないみたいだな。うちの会社を罵倒することに夢中のようだ。」

―ピ―、ピ―、―

2人の警備員の時計のアラ―ムが鳴った。
工事現場の中の仮設事務所から別の警備員2名が2人の持ち場に現れた。

「交代だな。」

ベテランの警備員は、そういうと持ち場を離れた。

「助かりました。」

若い警備員も、ベテランの警備員も警備員に続いて持ち場を離れようとするが、
ふと、先ほどの茶色の帽子の少年の事が気になった。

 そして、若い警備員は、足元のク―ラ―ボックスからペットボトルを一本とりだし、
少年のもとに駆け寄った。

「熱中症とか気をつけてな!これ飲んでいいから。」

若い警備員は、微笑みながらそう言うと、少年にペットボトルを渡した。

「…ありがとうございます。」

少年はすこし驚いた表情でそう言った。

「じゃあな!」

若い警備員は、そう言って持ち場を離れた。

「…」

少年は、警備員から貰ったペットボトルの蓋をあけ、清涼飲料水を口にしようとした。

―バシンッ―

「…ッ」

少年は頭をはたかれた。

「眞朔(シンサク)!誰からそんなもの貰った⁉」

少年の父親と思わしき中年男性はまくしたてるような剣幕で少年を問い詰める。

「……けいびいんのおにいさん。」

少年は、バツが悪そうに父親に答えた。

―バチンッ―

すると父親は、平手を少年にふるった。

「あんな奴らから貰ったものなんて飲むんじゃない‼汚いから貸しなさい!」

父親はそう言うと、少年からペットボトルを奪い取り、
現場近くの側溝にペットボトルの中身を捨てた。

少年―天城シンサク―は、力なくその様子を眺めるばかりであった。

アマギシンサク
At Age 8

Chapter 1


令和WX年7月某日、日曜日午前。

 その日、青森県八戸市は外気温32度を記録した。真夏日である。

――もっとも、この時代、6月から9月までの間に32度を超える日など珍しくもない。

身体が耐えきれるかは別として、市民諸兄は年々高まる気温に慣れきっていた。

 八戸市湾岸地区における再開発区域のとある一画も、勿論この日の暑さの例外ではなく、
休日の工事現場に放置された重機や積まれた土嚢、その現場に派遣されている警備員数名にも容赦なく、紫外線と熱気が襲い掛かっている。

 アスファルトからの照り返しは、容赦なく警備員の肌を焼いた。

世間の休日とは無縁のこの労働に、ただでさえ嫌気が差している彼らの士気を、さらに下げていく。

 しかし、その熱気ですら現場の門の左右に配備された2人ずつの警備員の、悩みの種の主要因とは言えなかった。

『―地球を壊すな‼人類の敵め‼』
『―パ―シアスエンタ―プライズは、直ちに無謀な開発工事を中止せよ!』
『―八戸港に生きる生き物たちの命を守れ!』

 警備員たちの悩みの種の中核をなす現象は、暑い八戸港湾地区の外気温にも負けない、異様な熱気を帯びていた。

 その熱気は、地球環境保護を掲げるその団体「地球救護同盟リリ―フブル―」のデモ隊から発せられているのだった。

 彼らは、ただでさえ暑い中プラカ―ドとメガホンを片手に、朝から抗議の声を上げ続けている。

 プラカ―ドには「地球に土下座せよ」や「開発=殺戮」の文字が踊っていた。

メガホンからは、もはや何を言っているか判別できないほどの罵声が飛び交っている。

「…この人ら、暇なんですか?折角の日曜日に。」

門の右側に配備された警備員の2名の内、
若い一人が思わず小さく愚痴をこぼす。

「平日に暇がないから日曜日に来てるんだろうなぁ。」

ベテランの警備員が若い警備員に返す。

「完全週休二日制って聞いてたのに、なんで折角の日曜日にこんな人らの相手しなきゃいけないんですかね。」

若い警備員は、うんざりした様子である。

「仕方ないさ。この人らに、誰もいない工事現場の前で、熱中症で倒れたられでもしたら、会社が訴えられかねない。」

ベテランの警備員は、力なく笑いながらそう言った。

「いいじゃないですか。好きで熱中症になりに来てるような人たちなんですから。」

 そう言うと、若い警備員は小さくため息をついた。

そして、足元においてある、熱中症予防のために会社から支給されたク―ラ―ボックスの中から清涼飲料水のペットボトルを一本取り出し、一口飲んだ。

「…来週、子どもの誕生日なんですよ。日曜日には遊びに連れてくって約束したのに…。」

若い警備員は少し元気なさそうにそう言った。

「人手が足りないのに、日曜日には決まってこのお客さんだからなぁ。」

ベテランの警備員はなだめるように言った。

「君のところの坊や、来週でいくつだい?」
「8歳です。」
「小学二年生か。…丁度そこのお客さんの中にいる子と同じくらいかね。」

ベテランの警備員にそう言われ、
若い警備員はふと目の前の群衆に目をやった。
確かに、群衆の中にひとりだけ、茶色の帽子をかぶって俯きながらプラカ―ドを担いでいる子どもがいる。

「こんな暑い中かわいそうに…。」

若い警備員は思わずそうもらした。

「きっと傍にいるのが親だろう。」
「見てくださいよ、あの子…あんなに汗かいて。ばてちゃってますよ。」
「親の方は気づいてないみたいだな。うちの会社を罵倒することに夢中のようだ。」

―ピ―、ピ―、―

2人の警備員の時計のアラ―ムが鳴った。
工事現場の中の仮設事務所から別の警備員2名が2人の持ち場に現れた。

「交代だな。」

ベテランの警備員は、そういうと持ち場を離れた。

「助かりました。」

若い警備員も、ベテランの警備員も警備員に続いて持ち場を離れようとするが、ふと、先ほどの茶色の帽子の少年の事が気になった。

 そして、若い警備員は、足元のク―ラ―ボックスからペットボトルを一本とりだし、
少年のもとに駆け寄った。

「熱中症とか気をつけてな!これ飲んでいいから。」

若い警備員は、微笑みながらそう言うと、少年にペットボトルを渡した。

「…ありがとうございます。」

少年はすこし驚いた表情でそう言った。

「じゃあな!」

若い警備員は、そう言って持ち場を離れた。

「…」

少年は、警備員から貰ったペットボトルの蓋をあけ、清涼飲料水を口にしようとした。

―バシンッ―

「…ッ」

少年は頭をはたかれた。

「眞朔(シンサク)!誰からそんなもの貰った⁉」

少年の父親と思わしき中年男性はまくしたてるような剣幕で少年を問い詰める。

「……けいびいんのおにいさん。」

少年は、バツが悪そうに父親に答えた。

―バチンッ―

すると父親は、平手を少年にふるった。

「あんな奴らから貰ったものなんて飲むんじゃない‼汚いから貸しなさい!」

父親はそう言うと、少年からペットボトルを奪い取り、現場近くの側溝にペットボトルの中身を捨てた。

少年―天城シンサク―は、力なくその様子を眺めるばかりであった。