AA8:C10

アマギシンサク At Age 8

Chapter 10


  祖母の葬儀の翌週、日曜日の朝。

相変わらずモノト―ンの光に照らされている天城家のリビングル―ムには、
母が作った朝食を淡々と口に運ぶシンサクの姿があった。

 早々に朝食を終えたシンサクは、自室に戻り身支度を整えた。
茶色いコ―トを羽織り、茶色のニット帽をかぶると、シンサクは、洗面所に向かった。


シンサクは鏡を覗き込むと、表情を作る練習を始めた。



笑ってはいけない。バカにしていると思われるからだ。

泣いてはいけない。不満があると思われるからだ。

怒ってはいけない。敵対心を持っていると思われるからだ。

喜んではいけない。不幸を喜んでいると思われるからだ。

 そして、鏡の前のシンサクは、少しだけ口角を挙げて口元を緩ませ、微笑を作り上げた。

 次にシンサクは鏡の前で姿勢を確認した。

力を入れてはいけない。殴りかかろうとしてると思われるからだ。

力を抜いてはいけない。甘ったれていると思われるからだ。

 
そして、鏡の前のシンサクは、力を入れ過ぎず抜きすぎもしない自然な姿勢を作り上げた。


そしてシンサクは自室に戻ると、小さな声で少しだけ発声練習を行った。

声を張ってはいけない。威嚇していると思われるからだ。

声を潜めてはいけない。隠し事をしていると思われるからだ。

 そして、シンサクは、他人が聞いて和むような穏やかな声を作り上げた。

 次にシンサクは、手提げ袋を取り、本棚から持っていく本を選んだ。

やまなし
風の又三郎
グスコ―ブドリの伝記

生前の祖母が買い与えてくれた宮沢賢治の絵本全集から数巻を選んで、手提げ鞄にしまい込む。

 最後にシンサクは、タンスから茶色いマフラーを取り出して首に巻く。
生前の祖母が編んでくれた手編みのマフラーを、シンサクは右手で少しだけ優しくなでた。



 そしてシンサクは深呼吸すると、鏡の前で作り上げた表情を顔に貼りつけ、自然な態勢で自室を出た。
そして、身支度を整えた両親の前にでると、自室で作り上げた穏やかな声で言った。

「…準備できた。」

 両親は、シンサクを車に乗せると、今日もリリ―フブル―のデモの現場に向かって出発した。





今日もシンサクは、「行きたくない。」と両親に言うことはできなかった。

この物語に登場する人物・団体・出来事は、すべて作者の創作によるフィクションです。
実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。

ですが、このエピソードで描かれたような境遇に置かれる
子どもたちが現実にいることも、また否定できません。
彼らの世界は、声が届かず、助けが来ず、ただ耐えるしかない暗がりです。

この物語は、その暗がりに対して“光を示す”ためのものではありません。
ただ、「そこに暗がりがある」ことを忘れないためのものです。


忘れられた痛みほど、世界に深い影を落とすものはありません。


子どもは本来、誰かに守られるべき存在です。
誰にも気づかれずに傷つく子が、一人でも減ることを願って。


2025年12月

快鳥童子シーガルマン原作者
伊角茂敏

アマギシンサク
At Age 8

Chapter 10


  祖母の葬儀の翌週、日曜日の朝。

相変わらずモノト―ンの光に照らされている
天城家のリビングル―ムには、
母が作った朝食を淡々と口に運ぶ
シンサクの姿があった。

 早々に朝食を終えたシンサクは、
自室に戻り身支度を整えた。
茶色いコ―トを羽織り、茶色のニット帽をかぶると、シンサクは、洗面所に向かった。


シンサクは鏡を覗き込むと、
表情を作る練習を始めた。



笑ってはいけない。
バカにしていると思われるからだ。

泣いてはいけない。

不満があると思われるからだ。

怒ってはいけない。

敵対心を持っていると思われるからだ。

喜んではいけない。

不幸を喜んでいると思われるからだ。

 そして、鏡の前のシンサクは、少しだけ口角を挙げて口元を緩ませ、微笑を作り上げた。

 次にシンサクは鏡の前で姿勢を確認した。

力を入れてはいけない。
殴りかかろうとしてると思われるからだ。

力を抜いてはいけない。

甘ったれていると思われるからだ。

 
そして、鏡の前のシンサクは、
力を入れ過ぎず抜きすぎもしない
自然な姿勢を作り上げた。


そしてシンサクは自室に戻ると、
小さな声で少しだけ発声練習を行った。

声を張ってはいけない。
威嚇していると思われるからだ。

声を潜めてはいけない。
隠し事をしていると思われるからだ。

 そして、シンサクは、他人が聞いて和むような穏やかな声を作り上げた。

 次にシンサクは、手提げ袋を取り、
本棚から持っていく本を選んだ。

やまなし
風の又三郎
グスコ―ブドリの伝記

生前の祖母が買い与えてくれた宮沢賢治の絵本全集から数巻を選んで、
手提げ鞄にしまい込む。

 最後にシンサクは、タンスから茶色いマフラーを取り出して首に巻く。

生前の祖母が編んでくれた手編みのマフラーを、シンサクは右手で少しだけ優しくなでた。



 そしてシンサクは深呼吸すると、
鏡の前で作り上げた表情を顔に貼りつけ、
自然な態勢で自室を出た。

そして、身支度を整えた両親の前にでると、
自室で作り上げた穏やかな声で言った。

「…準備できた。」

 両親は、シンサクを車に乗せると、
今日もリリ―フブル―のデモの現場に向かって出発した。





今日もシンサクは、「行きたくない。」と
両親に言うことはできなかった。

この物語に登場する人物・団体・出来事は、
すべて作者の創作によるフィクションです。
実在の人物・団体・事件とは

一切関係ありません。

ですが、
このエピソードで描かれたような境遇に
置かれる子どもたちが現実にいることも、
また否定できません。

彼らの世界は、声が届かず、助けが来ず、
ただ耐えるしかない暗がりです。

この物語は、
その暗がりに対して“光を示す”ための
ものではありません。

ただ、「そこに暗がりがある」ことを
忘れないためのものです。

忘れられた痛みほど、
世界に深い影を落とすものはありません。


子どもは本来、誰かに守られるべき存在です。
誰にも気づかれずに傷つく子が、

一人でも減ることを願って。

2025年12月

快鳥童子シーガルマン原作者
伊角茂敏