AA8:C5

アマギシンサク At Age 8

Chapter 5


    令和WX年9月末某日、午後6時。

シンサクは独り、自宅二階に設けられた自室に閉じこもっていた。

 シンサクはこの1時間肩から毛布を掛け、体育座りの要領で部屋の片隅に縮こまって息を潜めて続けている。
家の一階からは、激しい口論の声が聞こえ続けている。時折父親の怒鳴り声が響くと、
シンサクはその度に震えながら毛布を一段と深くかぶるようにして無意識に身を守ろうとしている。
また、父の怒鳴り声に対抗するように、祖母のものと思われる怒鳴り声、さらに母の泣く声も聞こえてくる。
毛布を被ったシンサクは、目を潰ってこの時間が早く過ぎ去るようにと、独り祈り続けた。

 発端は数時間前、シンサクの両親が共に仕事に出ている時間帯であった。

 学校から帰ってきたシンサクは、両親の居ぬ間に宿題を終わらせようと一人自室の机に向かっていた。
両親が帰ってくるまでの数時間。この間に宿題を終わらせなければ、帰宅した両親がそれぞれ宿題の仕方に口を出してくるため、
確実に収拾がつかなくなると知るシンサクが、両親に気取られる前にと、必死になって百ます計算のプリントを進めていた時であった。

―トン、トン―

誰かが自室の部屋をノックする音がした。
シンサクは思わず身をすくめる。

そして、シンサクは深く深呼吸をすると、机の上に鉛筆を置き、百ます計算のプリントを隠し、音読の宿題に見せかけるために、代わりに国語の教科書を開いた。

そして、椅子から立ち上がると、足を忍ばせて扉の前まで進み、恐る恐る扉を開けた。
扉の向こうにいたのは祖母であった。

「シンちゃん、ちょっと来てもらっていい?」

祖母はそう言うと、シンサクをリビングに連れ出した。

リビングに入ったシンサクの目には、テ―ブル一杯に広げられた『リリ―フブル―』の資料が並べられていた。

シンサクの身体が恐怖で固まる。
祖母はシンサクの背に優しく手を添えると、テ―ブル前の椅子に慎作を座らせ、台所に向かった。

木製の椅子に行儀よく座ったシンサクは震える身体を抑えようと必死だった。
数刻の後、台所から戻った祖母は、シンサクの前に湯気の立つ白いマグカップを差し出し、シンサクの隣に座った。

 シンサクがカップの中を覗くと、中には温かいミルクティ―が注がれていた。
恐る恐る視線をマグカップから祖母に移すと、祖母は穏やかな笑みを浮かべている。
 シンサクは静かにマグカップを口にした。
 すると、ミルクティ―の優しい甘さが身体の緊張を緩和したのか、シンサクが気づくころには身体の震えは収まっていた。

その様子を見届けた祖母は、シンサクに対して会話を切り出した。

「この沢山のチラシね、お父さんとお母さんのお部屋にあったの。お掃除してたら見つけたんだけど…。」

祖母はそう言うと、テ―ブルの上に広がった、『リリ―フブル―』のパンフレットの一つを手に取ってシンサクに見せた。

「この前シンちゃんが言ってたメイシュ様って、この人の事?」

そこには、『リリ―フブル―』の構成員が「盟主」として仰ぐ、『嵩本令明』の写真が載っていた。
シンサクの胸の奥に、モヤモヤとした気持ちが広がった。

シンサクは少し考えた後、祖母の質問に対して黙って頷いた。
祖母は質問を続ける。

「あなたとお父さんとお母さんが毎週出かけてるのは、この人のところなの?」

シンサクは、再び祖母に対して黙って頷いた。

「リリ―フブル―って、たまにニュ―スで見る危ない団体でしょう?お父さんとお母さん、いつもそこに通ってるの?」

シンサクは、黙って頷いた。

「あなたも一緒に?」

シンサクは頷いた。

「いつからそこに通ってるの?」
「…わからない。たぶん、ぼくがうまれるまえから…。」

シンサクは、この部屋に入って初めて声を出した。
祖母は質問を続ける。

「お父さんとお母さん、いつもそこで何をしてるの?」
「…うみべのこうじげんばにいって、ハンタイだってさけんだり、テレビでメイシュさまのおはなしきいたり、ほかの人たちがおはなしするのきいてる。」
「あなたもそこに連れていかれてるの?」
「…うん。」

シンサクはそう言って頷いた。

「シンちゃん、怖いことされなかった?」

祖母は心配そうな顔でシンサクにたずねる。
シンサクは祖母にどう返事をしようか迷った。

「……ごめん、わからない。」

迷った末、シンサクはそう答えた。

「……。」

すると祖母は押し黙ってしまった。

シンサクは気まずそうに俯き、マグカップを手に取ってミルクティ―を一口すする。
そして、マグカップをテ―ブルに戻したときだった。

「…ごめんね。シンちゃん。気づかなくて…。」

祖母は黙ってシンサクを抱きしめると、そう言った。
シンサクは祖母に返事をしようとした。でも、なぜか声が出なかった。
声を出そうとすると、同時に涙が出てしまいそうだった。

「…うん。」

そして、シンサクは声を絞り出すようにして、祖母にそう答えた。
シンサクの目には自然と涙が浮かんでいた。
祖母はその様子を見て、静かにシンサクの背をさすりながら続ける。

「今日お父さんとお母さんが帰ってきたらね、おばあちゃんが二人に話しておくから。」

シンサクは泣くのをこらえるので必死になりながら、祖母の話を聞く。

「シンちゃんがね、もうここに行かなくてもよくなるようにお父さんとお母さんにお願いするから。」

祖母はシンサクに優しく声を掛ける。
そのうち、シンサクは声を上げて泣いていた。

シンサクが泣き止むまでの間、祖母は静かにシンサクの傍に寄り添った。
そしてしばらくの後、祖母はシンサクが落ち着くのを見てから言った。

「それじゃあ、おばあちゃんがお父さんとお母さんと話してる間、お部屋で待っててね。終わったら呼びに行くからね。」

 シンサクは、無言でうなずくと、祖母の言いつけ通り自室に戻っていった。

そして、またしばらくの後、玄関が開く音がした。恐らく両親が帰ってきたのであろう。

―その直後であった。1階のリビングから3人ほどが話す声が聞こえた。
シンサクにはその声が、どことなく緊張を内包したものに感じられた。
それから間もなくの事であった。

父親の物と思われる怒鳴り声が家中に響いた。

シンサクは身の危険を感じた。
そして、部屋の押し入れを開いて毛布を引っ張り出すと、それにくるまって身を守るような体勢を取った。

アマギシンサク
At Age 8

Chapter 5


令和WX年9月末某日、午後6時。

シンサクは独り、自宅二階に設けられた
自室に閉じこもっていた。

 シンサクはこの1時間肩から毛布を掛け、
体育座りの要領で部屋の片隅に縮こまって息を潜めて続けている。

家の一階からは、激しい口論の声が聞こえ続けている。時折父親の怒鳴り声が響くと、
シンサクはその度に震えながら毛布を一段と深くかぶるようにして無意識に身を守ろうとしている。
また、父の怒鳴り声に対抗するように、
祖母のものと思われる怒鳴り声、
さらに母の泣く声も聞こえてくる。

毛布を被ったシンサクは、目を潰ってこの時間が早く過ぎ去るようにと、独り祈り続けた。

 発端は数時間前、シンサクの両親が共に仕事に出ている時間帯であった。

 学校から帰ってきたシンサクは、両親の居ぬ間に宿題を終わらせようと一人自室の机に向かっていた。

両親が帰ってくるまでの数時間。この間に宿題を終わらせなければ、帰宅した両親がそれぞれ宿題の仕方に口を出してくるため、
確実に収拾がつかなくなると知るシンサクが、両親に気取られる前にと、必死になって百ます計算のプリントを進めていた時であった。

―トン、トン―

誰かが自室の部屋をノックする音がした。
シンサクは思わず身をすくめる。

そして、シンサクは深く深呼吸をすると、机の上に鉛筆を置き、百ます計算のプリントを隠し、
音読の宿題に見せかけるために、代わりに国語の教科書を開いた。

そして、椅子から立ち上がると、足を忍ばせて扉の前まで進み、恐る恐る扉を開けた。
扉の向こうにいたのは祖母であった。

「シンちゃん、ちょっと来てもらっていい?」

祖母はそう言うと、シンサクをリビングに連れ出した。

リビングに入ったシンサクの目には、テ―ブル一杯に広げられた『リリ―フブル―』の資料が並べられていた。

シンサクの身体が恐怖で固まる。
祖母はシンサクの背に優しく手を添えると、
テ―ブル前の椅子に慎作を座らせ、台所に向かった。

木製の椅子に行儀よく座ったシンサクは震える身体を抑えようと必死だった。
数刻の後、台所から戻った祖母は、
シンサクの前に湯気の立つ白いマグカップを差し出し、シンサクの隣に座った。

 シンサクがカップの中を覗くと、
中には温かいミルクティ―が注がれていた。
恐る恐る視線をマグカップから祖母に移すと、祖母は穏やかな笑みを浮かべている。

 シンサクは静かにマグカップを口にした。
 すると、ミルクティ―の優しい甘さが身体の緊張を緩和したのか、シンサクが気づくころには身体の震えは収まっていた。

その様子を見届けた祖母は、シンサクに対して
会話を切り出した。

「この沢山のチラシね、お父さんとお母さんのお部屋にあったの。お掃除してたら見つけたんだけど…。」

祖母はそう言うと、テ―ブルの上に広がった、『リリ―フブル―』のパンフレットの一つを手に取ってシンサクに見せた。

「この前シンちゃんが言ってたメイシュ様って、この人の事?」

そこには、『リリ―フブル―』の構成員が「盟主」として仰ぐ、『嵩本令明』の写真が載っていた。
シンサクの胸の奥に、モヤモヤとした気持ちが広がった。

シンサクは少し考えた後、祖母の質問に対して黙って頷いた。
祖母は質問を続ける。

「あなたとお父さんとお母さんが毎週出かけてるのは、この人のところなの?」

シンサクは、再び祖母に対して黙って頷いた。

「リリ―フブル―って、たまにニュ―スで見る
危ない団体でしょう?お父さんとお母さん、
いつもそこに通ってるの?」

シンサクは、黙って頷いた。

「あなたも一緒に?」

シンサクは頷いた。

「いつからそこに通ってるの?」
「…わからない。たぶん、ぼくがうまれるまえから…。」

シンサクは、この部屋に入って初めて声を出した。
祖母は質問を続ける。

「お父さんとお母さん、いつもそこで何をしてるの?」
「…うみべのこうじげんばにいって、ハンタイだってさけんだり、テレビでメイシュさまのおはなしきいたり、ほかの人たちがおはなしするのきいてる。」
「あなたもそこに連れていかれてるの?」
「…うん。」

シンサクはそう言って頷いた。

「シンちゃん、怖いことされなかった?」

祖母は心配そうな顔でシンサクにたずねる。
シンサクは祖母にどう返事をしようか迷った。

「……ごめん、わからない。」

迷った末、シンサクはそう答えた。

「……。」

すると祖母は押し黙ってしまった。

シンサクは気まずそうに俯き、マグカップを
手に取ってミルクティ―を一口すする。
そして、マグカップをテ―ブルに戻したときだった。

「…ごめんね。シンちゃん。気づかなくて…。」

祖母は黙ってシンサクを抱きしめると、
そう言った。
シンサクは祖母に返事をしようとした。
でも、なぜか声が出なかった。
声を出そうとすると、同時に涙が出てしまいそうだった。

「…うん。」

そして、シンサクは声を絞り出すようにして、
祖母にそう答えた。
シンサクの目には自然と涙が浮かんでいた。
祖母はその様子を見て、静かにシンサクの背を
さすりながら続ける。

「今日お父さんとお母さんが帰ってきたらね、おばあちゃんが二人に話しておくから。」

シンサクは泣くのをこらえるので
必死になりながら、祖母の話を聞く。

「シンちゃんがね、もうここに行かなくてもよくなるようにお父さんとお母さんにお願いするから。」

祖母はシンサクに優しく声を掛ける。
そのうち、シンサクは声を上げて泣いていた。

シンサクが泣き止むまでの間、祖母は静かに
シンサクの傍に寄り添った。
そしてしばらくの後、祖母はシンサクが落ち着くのを見てから言った。

「それじゃあ、おばあちゃんがお父さんとお母さんと話してる間、お部屋で待っててね。終わったら呼びに行くからね。」

 シンサクは、無言でうなずくと、
祖母の言いつけ通り自室に戻っていった。

そして、またしばらくの後、玄関が開く音がした。恐らく両親が帰ってきたのであろう。

―その直後であった。1階のリビングから3人ほどが話す声が聞こえた。
シンサクにはその声が、どことなく緊張を内包したものに感じられた。
それから間もなくの事であった。

父親の物と思われる怒鳴り声が家中に響いた。

シンサクは身の危険を感じた。
そして、部屋の押し入れを開いて毛布を引っ張り出すと、それにくるまって身を守るような体勢を取った。