
–正伝-
アマギシンサク At Age 8
Chapter 7
その日の早朝、シンサクは毛布の中で目を覚ました。
毛布から顔を出すと窓からは日が差し込み、目覚まし時計は7時を指している。
シンサクはしばらく目をこすって軽く呼吸をした。
家の中はいやに静まり返っており、昨晩の騒ぎ具合が嘘のように感じられた。
シンサクは、昨晩見た光景が、自分の見た悪い夢では無いかと疑った。
そしてシンサクは、毛布を畳んで押し入れに静かにしまうと、
ゆっくりと扉を開け、足を忍ばせるようにして自室を出た。
階段を静かに降り1階のリビングに入り辺りを見回す。
白い壁紙が窓から差し込んだ朝日に照らされ、無機質に輝いて見えた。
リビングの中はきれいに整理整頓されており、やはり昨晩シンサクが目にした光景は現実のものではなかったのかと思われた。
しかし、綺麗に整頓されたリビングにシンサクは一抹の違和感を覚えた。
リビングにあった百合の花の花瓶が無くなっている。
シンサクはさらにもう一つの違和感に気づいた。
この時間帯、いつも台所で家事をしている祖母の気配が感じられない。
いつもならテレビの電源が入っており、台所からは炊事の音が聞こえるはずである。
数秒遅れてシンサクがその事実に気がついた、次の瞬間である。
シンサクは背後にゾッとする感覚を覚えた。
シンサクは呼吸が一気に苦しくなった。
そして、恐れから硬直しかかっている身体をどうにか動かし、辛うじてゆっくりと後ろを振り向いた。
そこにはシンサクの父が静かに立っていた。
シンサクは身長176cmの父親の顔を見上げた。
その口元は優し気な笑みを浮かべている。
シンサクはその表情に違和感を覚えた。
「おはよう。眞朔。」
この時の父の声は、やけに穏やかで甘ったるい声に感じられた。
「………おはよう。」
数秒の間の後、シンサクは辛うじて返答を返した。
「眞朔、大事な話があるんだ。とりあえず椅子に座りなさい。」
父は変わらぬ調子で、シンサクに指示をした。
シンサクは黙って父に従い、リビングの椅子に腰かけた。
すると、父は椅子に座ったシンサクの前に腰を落とし、
目線をシンサクに合わせた。
シンサクは40cmの距離で真正面から父の顔を見た。
―口元は笑っている。目は笑っていない。
「…おばあちゃんな、昨日倒れた。」
父はシンサクに、静かにそう告げた。
「さっき母さんが病院に連れてった。多分入院になる。」
父はシンサクが反応するタイミングを遮るように話を続ける
「父さんも仕事に行ってからおばあちゃんのお見舞いに行くから、
今日は帰ったら、いい子にして父さんと母さんが帰ってくるまで勉強してなさい。いいな?」
父はシンサクにそう言って同意を求めた。
「…おばあちゃんどうしたの?」
シンサクは、そう言ったことを後で後悔した。
その直後、父親の目元が変わることはなかった。
しかし、口角は下を向き、口は若干半開きになった。
そして、次にその口から発せられる声は先ほど前よりオクタ―ブ下がったものであった。
「…お前な、どうしてそう口答えばっかするんだ?」
父は低い声でそう言い放つと、ゆっくりとシンサクの来ているシャツの襟元をつかんだ。
「…いや―」
シンサクは思わずそう答えた。
「今口答えしたよな!どうなんだ!?」
どうやら、「勉強してなさい」という命令に対し肯定で返さなかったことが父の逆鱗に触れたらしい。
先ほどの口元の変化に加え、今度は眉をひそめている。
「…はい。」
シンサクは少し迷ってそう答えた。
「なんで素直にいうことが聞けないんだ‼」
そう質問されたが、シンサクはどう答えていいか分からなかった。
その様子を見た父の怒りのボルテ―ジは上昇を続ける。
「いいか、お前はいっつもそうやって目上に反抗ばかりして、どれだけ皆に心配かけてるか分かってるのか⁉」
そう言った次の瞬間、父の眉が一瞬緩んだ。
そして、さらに一瞬の後、父は眉をひそめなおすと、
更に声に圧を上乗せして言った。
「―そう、ばあちゃんな、お前を心配して転んで頭怪我したんだ!お前が余計なことしたから‼」
シンサクのシャツの襟元を掴む父の手に、握力がさらに加わる。
「頭から血を流してな、父さんと母さんで助けるの大変だったんだぞ…‼わかってるのか⁉」
「……はい。」
父親の怒り顔との距離は30cm、シンサクはそう答えるしかなかった。
「何もわかってない‼」
父はそういうと、シンサクの襟元から手を離し、勢いよくその平手をシンサクの頬にたたきつけた。
衝撃からシンサクの顔は横を向く形になったが、
シンサクはすぐさま目線を父に向けなおす。
しかし、いつものように目の形まで取り繕う余裕はなかった。
シンサクの目を見た父の目には、一瞬恐れが宿った。
そして、次の瞬間その恐れは怒りの感情に変換され、増幅されてシンサクに叩きつけられる。
「何だその目は!親を馬鹿にしてるのか⁉」
シンサクの顔には父の唾が飛んでくる。
「……してない。」
シンサクは思わず顔をしかめてそう言った。
その様子がさらに父の怒りに油を注いだ。
父は再びシンサクの襟元を掴むと、力任せに椅子からシンサクを引きずりおろし、床にねじ伏せた。
仰向けにさせられたシンサクは、白い天井から反射した光で、若干逆光気味になった、父の憎悪ともとれる表情を直視した。
さらに、父に身体の上にのしかかられ、呼吸がしづらくなる。
さらに父は、そこから右手でシンサクの両手を乱暴に掴み言った。
「し、て、ん、だ、よ‼」
父は慎作の眼前20cmの距離で大声でまくしたてる。
余りの剣幕に、シンサクの目尻から涙が零れる。
そして、父は憎々し気な表情を浮かべると、空いた左手をシンサクの頭部にぶつけた。
「ごめんなさいは‼⁉」
「……ごめんなさい‼」
「―だから、な、ん、だ、その目は‼」
そして、シンサクは遂に声を上げて泣き出した。
その様子を見た父は、さらに鉄拳をシンサクに見舞う。
これまでの経験上、こうなった父親の前で、シンサクはただ父の怒りが静まるのを耐えて待つしかなかった。
そして、しばらくの間シンサクはどう答えても殴られる質問を投げられ続ける形で暴行を受け続けた。
そして、シンサクはその間、父の並べ立てる罪状のもと、祖母の負傷の責任と両親への非礼を、泣いて父に謝り続けた。
数十分後、シンサクは気の済んだ父にようやく解放された。
そして、父はシンサクの身体を起こすと、うって変わっておだやかな表情でシンサクの頭を撫でて言った。
「お前がいつもそうやって反抗するから、父さんと母さんは仕方なくお前を怒ってるんだ。分かるな?」
「…うん。」
シンサクは、精一杯無表情を作り上げてそう答えた。
「お前がどれだけばあちゃんに心配かけてたかもわかったな?」
「うん。」
シンサクは即答した。
父の顔に微笑が戻る。
「多分暫くばあちゃんは帰って来れないし、父さんと母さんも帰ってこない日があるかもしれないけど、お前はいい子にしてられるな?」
「うん」
シンサクがそう答えた次の瞬間、
また父の目元から表情が消えた。
「いいか、このことは絶対他の人には言うなよ?約束だぞ?」
シンサクは内心、「何故?」と思ったが、聞き返す勇気は到底なかった。
そして、代わりに―
「はい。」
そう答えた。
「よし、約束したな。」
父はニンマリと笑うと、立ち上がった。
「それじゃあ、今日は父さんが車で学校に送ってやる。準備しなさい。」
シンサクは、震える足で立ち上がると父の機嫌が崩れる前にと、ランドセルを取りに一目散に二階の自室に駆け上がった。

–正伝-
アマギシンサク
At Age 8
Chapter 7
その日の早朝、シンサクは毛布の中で
目を覚ました。
毛布から顔を出すと窓からは日が差し込み、
目覚まし時計は7時を指している。
シンサクはしばらく目をこすって
軽く呼吸をした。
家の中はいやに静まり返っており、
昨晩の騒ぎ具合が嘘のように感じられた。
シンサクは、昨晩見た光景が、自分の見た
悪い夢では無いかと疑った。
そしてシンサクは、毛布を畳んで押し入れに
静かにしまうと、ゆっくりと扉を開け、
足を忍ばせるようにして自室を出た。
階段を静かに降り1階のリビングに入り
辺りを見回す。
白い壁紙が窓から差し込んだ朝日に照らされ、無機質に輝いて見えた。
リビングの中はきれいに整理整頓されており、やはり昨晩シンサクが目にした光景は
現実のものではなかったのかと思われた。
しかし、綺麗に整頓されたリビングにシンサクは一抹の違和感を覚えた。
リビングにあった百合の花の花瓶が
無くなっている。
シンサクはさらにもう一つの違和感に
気づいた。
この時間帯、いつも台所で家事をしている
祖母の気配が感じられない。
いつもならテレビの電源が入っており、
台所からは炊事の音が聞こえるはずである。
数秒遅れてシンサクがその事実に気がついた、
次の瞬間である。
シンサクは背後にゾッとする感覚を覚えた。
シンサクは呼吸が一気に苦しくなった。
そして、恐れから硬直しかかっている身体をどうにか動かし、辛うじてゆっくりと後ろを振り向いた。
そこにはシンサクの父が静かに立っていた。
シンサクは身長176cmの父親の顔を見上げた。その口元は優し気な笑みを浮かべている。
シンサクはその表情に違和感を覚えた。
「おはよう。眞朔。」
この時の父の声は、やけに穏やかで甘ったるい声に感じられた。
「………おはよう。」
数秒の間の後、
シンサクは辛うじて返答を返した。
「眞朔、大事な話があるんだ。とりあえず椅子に座りなさい。」
父は変わらぬ調子で、シンサクに指示をした。
シンサクは黙って父に従い、リビングの椅子に腰かけた。
すると、父は椅子に座ったシンサクの前に腰を落とし、
目線をシンサクに合わせた。
シンサクは40cmの距離で真正面から父の顔を見た。
―口元は笑っている。目は笑っていない。
「…おばあちゃんな、昨日倒れた。」
父はシンサクに、静かにそう告げた。
「さっき母さんが病院に連れてった。多分入院になる。」
父はシンサクが反応するタイミングを
遮るように話を続ける
「父さんも仕事に行ってからおばあちゃんの
お見舞いに行くから、今日は帰ったら、いい子にして父さんと母さんが帰ってくるまで勉強してなさい。いいな?」
父はシンサクにそう言って同意を求めた。
「…おばあちゃんどうしたの?」
シンサクは、そう言ったことを後で後悔した。
その直後、父親の目元が変わることはなかった。
しかし、口角は下を向き、口は若干半開きになった。そして、次にその口から発せられる声は先ほど前よりオクタ―ブ下がったものであった。
「…お前な、どうしてそう口答えばっかするんだ?」
父は低い声でそう言い放つと、ゆっくりと
シンサクの来ているシャツの襟元をつかんだ。
「…いや―」
シンサクは思わずそう答えた。
「今口答えしたよな!どうなんだ!?」
どうやら、「勉強してなさい」という命令に対し肯定で返さなかったことが父の逆鱗に触れたらしい。先ほどの口元の変化に加え、今度は眉をひそめている。
「…はい。」
シンサクは少し迷ってそう答えた。
「なんで素直にいうことが聞けないんだ‼」
そう質問されたが、シンサクはどう答えていいか分からなかった。
その様子を見た父の怒りのボルテ―ジは上昇を続ける。
「いいか、お前はいっつもそうやって目上に反抗ばかりして、どれだけ皆に心配かけてるか分かってるのか⁉」
そう言った次の瞬間、父の眉が一瞬緩んだ。
そして、さらに一瞬の後、父は眉をひそめなおすと、更に声に圧を上乗せして言った。
「―そう、ばあちゃんな、お前を心配して転んで頭怪我したんだ!お前が余計なことしたから‼」
シンサクのシャツの襟元を掴む父の手に、
握力がさらに加わる。
「頭から血を流してな、父さんと母さんで助けるの大変だったんだぞ…‼わかってるのか⁉」
「……はい。」
父親の怒り顔との距離は30cm、
シンサクはそう答えるしかなかった。
「何もわかってない‼」
父はそういうと、シンサクの襟元から手を離し、勢いよくその平手をシンサクの頬にたたきつけた。
衝撃からシンサクの顔は横を向く形になったが、
シンサクはすぐさま目線を父に向けなおす。
しかし、いつものように目の形まで取り繕う
余裕はなかった。
シンサクの目を見た父の目には、
一瞬恐れが宿った。
そして、次の瞬間その恐れは怒りの感情に変換され、増幅されてシンサクに叩きつけられる。
「何だその目は!親を馬鹿にしてるのか⁉」
シンサクの顔には父の唾が飛んでくる。
「……してない。」
シンサクは思わず顔をしかめてそう言った。
その様子がさらに父の怒りに油を注いだ。
父は再びシンサクの襟元を掴むと、
力任せに椅子からシンサクを引きずりおろし、
床にねじ伏せた。
仰向けにさせられたシンサクは、白い天井から
反射した光で、若干逆光気味になった、
父の憎悪ともとれる表情を直視した。
さらに、父に身体の上にのしかかられ、
呼吸がしづらくなる。
さらに父は、そこから右手でシンサクの両手を
乱暴に掴み言った。
「し、て、ん、だ、よ‼」
父は慎作の眼前20cmの距離で大声でまくしたてる。
余りの剣幕に、シンサクの目尻から涙が零れる。
そして、父は憎々し気な表情を浮かべると、
空いた左手をシンサクの頭部にぶつけた。
「ごめんなさいは‼⁉」
「……ごめんなさい‼」
「―だから、な、ん、だ、その目は‼」
そして、シンサクは遂に声を上げて泣き出した。
その様子を見た父は、さらに鉄拳をシンサクに見舞う。
これまでの経験上、こうなった父親の前で、シンサクはただ父の怒りが静まるのを耐えて待つしかなかった。
そして、しばらくの間シンサクはどう答えても殴られる質問を投げられ続ける形で暴行を受け続けた。
そして、シンサクはその間、父の並べ立てる罪状のもと、祖母の負傷の責任と両親への非礼を、泣いて父に謝り続けた。
数十分後、シンサクは気の済んだ父にようやく解放された。
そして、父はシンサクの身体を起こすと、
うって変わっておだやかな表情でシンサクの頭を撫でて言った。
「お前がいつもそうやって反抗するから、父さんと母さんは仕方なくお前を怒ってるんだ。分かるな?」
「…うん。」
シンサクは、精一杯無表情を作り上げて
そう答えた。
「お前がどれだけばあちゃんに心配かけてたかもわかったな?」
「うん。」
シンサクは即答した。
父の顔に微笑が戻る。
「多分暫くばあちゃんは帰って来れないし、
父さんと母さんも帰ってこない日があるかもしれないけど、お前はいい子にしてられるな?」
「うん」
シンサクがそう答えた次の瞬間、
また父の目元から表情が消えた。
「いいか、このことは絶対他の人には言うなよ?約束だぞ?」
シンサクは内心、「何故?」と思ったが、
聞き返す勇気は到底なかった。
そして、代わりに―
「はい。」
そう答えた。
「よし、約束したな。」
父はニンマリと笑うと、立ち上がった。
「それじゃあ、今日は父さんが車で学校に
送ってやる。準備しなさい。」
シンサクは、震える足で立ち上がると父の
機嫌が崩れる前にと、ランドセルを取りに
一目散に二階の自室に駆け上がった。
